井波彫刻欄間
投稿日: / 更新日: 井波彫刻のこと

井波彫刻とは②欄間彫刻の発展

『欄間』とは

井波彫刻を語るうえで欠かせないのが「欄間」です。
欄間とは、日本の伝統建築において、天井と鴨居の間に設けられた開口部のことで、主に空気の循環や採光を目的とした部位を指します。(下図赤枠が欄間)

旅館や飲食店などで、こうしたものを目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
この欄間を装飾的に仕上げたものが、いわゆる「欄間彫刻」と呼ばれるものです。
欄間彫刻自体は井波に限ったものではないものの、井波彫刻の発展と切り離して語ることのできない存在が、この欄間彫刻と、井波彫刻らしさたらしめる欄間の技術なのです。

なお、現在も欄間の産地としては井波の他では大阪が有名です。
大阪は「大阪欄間」という伝統工芸として登録されており、細い材を組んで作る組子欄間や、板に絵柄や文様を彫り抜く透彫欄間等さまざまな種類があり、その中のひとつとして華麗な欄間彫刻もあるという位置づけです。
大阪欄間は江戸期の町人文化の中で花開いたものと言われており、寺院装飾の彫刻から始まり一般住宅の欄間も手掛けるようになった井波とはまた違う風合いが感じられます。

井波彫刻と欄間彫刻の技術

井波彫刻欄間を彫る様子

欄間彫刻は、「透かし彫り」と呼ばれる技法によって制作されます。
採光を確保するために適度な隙間を残しながら、5〜7cmほどの厚みの一枚板を立体的に彫り抜く技法で、まるで絵画を立体化したかのような、美術品のような仕上がりが特徴です。
一見すると非常に繊細に見える彫刻ですが、細やかに彫り分けられたパーツの一つ一つは、実はすべてが緻密につながる構造となっており、それによって高い耐久性が保たれています。

井波彫刻の欄間は、その精緻さや意匠性から、一度目にするとすごい!と思う人が少なくないはず。
中でも特筆すべきは、透かし彫りによって生み出される立体感。
欄間は天井付近に設置されるため、真正面からではなく、下や斜めから見上げることを想定して彫られています。そのため、どの角度から見ても美しく見えるよう、あらかじめ計算された造形となっているのです。

何人かの彫刻師に井波彫刻の特徴を尋ねたところ、「この欄間で培われた技術こそが井波らしさ」であると教えてくれました。
薄い一枚板すら立体的に彫り出すことができる高度な技。これこそが、井波彫刻の真骨頂なのかもしれません。

こうした技術も井波欄間彫刻の大きな特徴であり、明治期から昭和期にかけて、日本全国に井波の名が知られ、注文が殺到した要因の一つであったと考えられます。

欄間彫刻の普及

欄間彫刻が民間の和風建築に広く普及したのは明治期以降で、それ以前は寺院や城郭建築の装飾として用いられるのが一般的でした。
井波では、寺院装飾として用いられる欄間彫刻を「唐狭間(からさま)」と呼びます。

彫刻師・太田利治氏のホームページによれば、「唐狭間」という言葉は江戸時代から使われるようになり、浄土真宗寺院本堂の欄間を指す言葉とされています。また、「唐狭間には鳳凰や龍などの図柄が彫られ、かつての庫裡の欄間には蝙蝠などの図柄、明治以降の一般住宅の欄間には風景や花、小鳥といった写実的な図柄を彫るのが基本」と解説されています。
(※引用:http://www.kibori.com/product.html)

また、明治期に入って欄間彫刻が広く普及した背景には、いわゆる和風建築の一般化があったといわれています。
一般的な民家への普及は昭和期に入ってからですが、これも井波彫刻にとって大きな転換点でした。

江戸期までは一子相伝が基本で、井波全体でも彫刻師は10人ほどでしたが、明治以降、需要の拡大に伴って徒弟制が広まり、親方が弟子を取るようになります。
こうして彫刻師の数は増え、昭和期の最盛期へと向かう土台が築かれていきました。

住宅用欄間の需要は、昭和の高度経済成長期に最も高まり、「井波といえば欄間」というイメージが定着したのもこの頃ではないでしょうか。
昭和期を知るベテラン彫刻師は「とにかく忙しかった」と当時を懐かしみ、繁忙期には深夜まで作業が続くことも珍しくなかったといいます。

井波の欄間がこれほどまでに普及した背景には、当時の住宅事情も大きく影響していたと考えられます。
高度成長期を迎えた当時、新築ラッシュで持ち家は一軒家が主流だったことに加え、富山県は一軒一軒の住宅が広く、欄間や衝立といった装飾品を取り入れやすい環境だったことも、その一因ではないでしょうか。

職人と個性、そして現在

欄間制作は、まず依頼主の要望を聞き、それを図案に起こすところから始まります。
面相筆で描かれた図案は、それだけで一枚の絵画として完成度の高い美しさ。
前述の中で「美術品のような」「絵画を立体化したような」と表現しましたが、まさにこの工程が起点となって美しい欄間彫刻となるのでしょう。

耐久性を確保するため、すべてのパーツがつながるよう工夫して図案化し、その通りに彫り上げる―これこそが、井波で受け継がれ研ぎ澄まされてきた技術。
同時に、図案や表現には彫刻師それぞれの個性が色濃く反映されており、職人でありながら強い作家性を併せ持つ存在であることも、井波彫刻師の特徴といえます。

公益財団法人竹中大工道具館編集・発行の『井波彫刻―物語を彫る』の中で、那谷寺文化財研究所の賀古唯義氏は次のように述べています。

「時代の変化とともに住宅欄間の需要は減り、工芸品的な作品の比重が増した。かつて『職人』であった彫物工は『芸術家』としての性格を強めているが、両者は車の両輪である」(p.27)

高度な技術を持つ職人であること、そして決まった「型」に縛られない表現を生み出す作家性を持つこと。
数多くいる彫刻師の中から、欄間をはじめとした彫刻品を誰に依頼するかを決定づけるものは、こうした個々のオリジナリティなのではないでしょうか。

現在では、欄間制作で培われた技術を生かし、欄間風パネルなどの立体絵画的作品が多く生み出されています。
鴨居に設置するものから、壁に飾って楽しむ作品へと形を変えながら、井波彫刻は新たな展開を見せています。

井波彫刻総合会館に展示されている作品たち

また、オーダーメイドで依頼主の要望に応える制作だけでなく、彫刻師自身が技と表現を凝らして制作した作品が、工房や店頭に並ぶようにもなりました。
「これを作ってくれる人に依頼する」時代から、「この人の作品がほしい」と選ばれる時代へ。
そうした中で切磋琢磨し彫刻技術を生かした多様な商品が生まれ、住宅欄間自体は需要が減少しても、その技術は失われず深化を続けているようにも思います。

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